イエスは、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。 (ヨハネによる福音書13章7節)
「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)」という言葉があります。
「どうにも答えが出ず、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「性急に証明や理由を求めずに、不確実さ不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」のことです。(帚木蓬生(ははきぎほうせい)著『ネガティブ・ケイパビリティ』―朝日新聞出版より―)
いわゆる“コロナ禍”が始まった2月末以来、出口の見えない日々が続く中、私は様々な情報を集めながら問題解決の道を探ろうと努めました。知らぬ間に血圧が高めになったり、十二指腸を痛めてしまったり…。ドクターに「あまりTVのウイルス関係の番組は見ない方が…。好きな音楽を聴きながら過ごしてごらん」と勧められました。そんな中、書棚から引っ張り出してきたのが上記の本です。
自分の力ではどうすることもできない問題にいつくも出くわすもの。そんな時、無理に納得しようと動くのではなく、答えの見いだせない状態を受け入れて、それに耐える力を持つことの方が精神衛生上いいことに気づきました。
童謡「サッちゃん」で有名な阪田寛夫さんの詩を紹介します。
ニンゲン
ニンゲンってなんだろう
ニンゲンってのは なくものさ おじいちゃんはそういった だけどぼく おじいちゃんのないたの見たことないや
ニンゲンってなんだろう ニンゲンってのは死ぬものさ お兄ちゃんはそういった だけどぼく おにいちゃんの死んだの見たことないや
ニンゲンってなんだろう ニンゲンってのは わらうもの おかあさんはそういった だからぼく おかあさんとふたりで ニコニコ ニコニコ
主人公の「ぼく」が哲学的な問いをおじいちゃん、そしてお兄ちゃんに求めます。(よくわかんな~い) そんな姿を感じます。次にお母さんに聞くと、(う~ん、わかったような、わかんないような…。でも一緒に笑っちゃえ!)とニコニコ顔に。納得の答えを得たかどうか分かりませんが、「すぐには答えの出ない事態に耐える能力」を身につけていったことでしょう。
愛児園は学校教育とは異なり“到達目標”を強く設定しません。その代わり、日々の遊びの中で“ネガティブ・ケイパビリティ”を身につけられるよう願い、見守る保育をしています。それは子供だけでなく、大人にも求められる課題かも…。
どうか、聖書の言葉通り「後で分かるようになる」。そのような“構え”を身に着けながら、ネガティヴ・ケイパビリティについて考えてみませんか?
いよいよ来月からは、通常の保育形態に戻ることを願っています。
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